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キリング・フィールド

いよいよ、今回の旅の目的の一つ
「キリングフィールド」に訪れる日が来た。

カンボジアに行く人には、
是非行ってもらいたい、というか行きべきだ。
思えば、最初にカンボジアに来たとき、
キリングフィールドについて
ほとんど知らなかった自分が恥ずかしい。

3回目の訪問で、遂に訪れることができた。





朝は9時に、
宿に来てくれる約束だったおっちゃん。

急いで支度をして待っていたけど、20分遅れ。

おまけに、
二日酔いだ」とか、ふざけた事をいいやがる。

途中で降ろされて、
「俺の友達だからこいつに乗せてもらえ」

なんか少し怪しい気もするが、
その友達から1$を徴収していた。
俺は7$払うとして、こいつの取り分は6$。
おっちゃんは、俺との交渉で1$。

とりあえずその友達に身を任せることに。

30分ほど、途中悪路の道を、
バイクの後部座席に乗って耐えると到着。

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キリングフィールドについて少し。
1975年ポル・ポトという男が首相に就任。
彼は毛沢東の考えを深く信じていた。
クメールルージュというカンボジアの政党が
彼のバックでその中で政策が行われた。

まず知識人(医者、教師や、英語が出来る人)
メガネをかけている人...。
「再教育」という名目で呼ばれて、
キリングフィールドに連れて来られて殺された。

これに順次、次々に知識人は連れて行かれた。
「優秀なので新しい家に連れて行く」
なんていわれれば喜んでついていくだろう。

だから他の市民は、「いいなぁ」としか思わない。
キリングフィールドには、大音量の音楽が流れ、
周辺の人も、人が殺されているとは気付かない。
どれだけ声を出しても、音楽に消される。

それを行っていたのは、未成年の子ども。
彼らは、クメール・ルージュに所属し、
同じカンボジア人を殺害していた。
逆らうことも出来なかった。
また、誰かが病気になれば、
無知の子どもたちが手術を行う。
もちろん、成功することなんかない。
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到着したキリングフィールドでは、
バイクの兄ちゃんに30分くらいと言われた。
IMG_2851.jpg

とりあえず、中に入ると、
日本語のオーディオを貸してくれる。

そのオーディオに沿って歩くことで、
キリングフィールド全貌をより知る事が出来た。
IMG_2824.jpg

まず最初に見えたのが慰霊塔
先に、一直線に向かってしまった。
遠くからでもわかる。
たくさんの骸骨に驚かされたからだ。
これがすべて人骨だとは信じがたかった。
花を手向けた。
IMG_2827.jpg


次に向かうのは、トラックの駐車場。
ここに、人々は連れてこられたそうだ。
IMG_2822.jpg
その時、まさか殺されるとは思ってなかっただろう。
日陰が涼しい。
のんびり、そして真剣にオーディオに耳を傾ける。
近くにいた欧米人女性は涙をこぼしていた。

IMG_2830.jpg
連れてこられた人々は、
その日のうち、または翌日まで拘留され、殺害される
無数の穴がいくつもあり、
彼らは殺されたり、半殺しで穴に落とされ、
埋められたり、息絶えた。
その無残な話は衝撃過ぎた。
そして、その殺す為に使ったのがヤシの木の皮。
実際に触ってみるとわかるが、すごく硬い。
これで喉を掻き切ったりしたそうだ。
IMG_2833.jpg
もちろん、カンボジア人以外も殺害される。
当時内戦時代にもぐりこんだジャーナリストが、
生きて帰ってくることはなかったそうな。
だからこそ、こんな恐ろしいことが何年も続いた。
IMG_2835.jpg

IMG_2841.jpg
穴以外でも、歩いていると、布切れや白い物が。
全ては、人骨や、当時の人の衣類だそうだ。

そして、キリングツリーと女の人の殺された穴。
キリングツリーでは赤ちゃんが、
足を持たれて頭をその木にぶつけて殺された。
一体どれほどのが流れたのか。
そして、その横に女性が殺された場所がある。
自分の子どもが木に打ち付けられて殺され、
その傍で、自分も殺されるのだ。
IMG_2838.jpg
落ちている衣類や骨を集めた物。歯なんかも。
IMG_2845.jpg
これが、キリングツリー。
右手に母親の殺され埋められた場所。

恐ろしすぎる。


そしてその結果が今のカンボジアだ。
平均年齢も、かなり若いし、
年配の方が少ないのが当時を物語る。
もちろん、そのために教育が不足し、
貧しい=カンボジアのイメージになった。

とにかく、途中途中、実際に生き残った人の声、
様々な殺害方法や、そのやり方を、
オーディーオに収録されており、聞き入った。

もし、自分がこの時代に生きていたら

どっちの立場も嫌だけど

時代に沿った生き方になったのだろうか

その答えは、実際に味合わないと

誰も、絶対わからない。

その場の恐怖、それに打ち勝つことが出来るのか。



カンボジア人はどこまで知っていて、
ここに来る自分たちにどう思っているのか。
バイクの兄ちゃんとも話したくなった。

気付けば、2時間近く経っていた。
バイクの兄ちゃんが待っててくれて助かった。
クメール語がわからないから伝わらないけど、
思ったことがいろいろと溢れてきた。


日本語で、話した。

伝わらなくてもいいから、
聞いてほしかったのかもしれない。

カンボジアの若さ、
パワーは日本にはない。


これからの発展を本当に願いたくなった。

IMG_2854.jpg


バイクの後ろで、
「兄ちゃん頑張れよ」なんてふと願った。



真夏の糞暑い真昼間のカンボジアだったけど、
暑さを忘れてしまうほどの衝撃を抱えながら再び30分ほど走ると、
「トゥールスレン刑務所」に到着する。




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